わたしの砂時計        

サラサラと流れていく日常を ほんのひと掬い 時々ピアノ 時々愚痴と毒吐き

入社式の前に、引き継ぎで呼び出された私


新入社員の皆さんは、4月1日の入社式を終え、
最初の週をどのように過ごされたのでしょうか。

私が就職した時の思い出を書いてみたくなりました。

私は、入社式の1週間前に電話で呼び出され、
「前任者が教職に就くので引継ぎを急いでいるから」と、
まだ社員でもないのに出社させられました。

前任者はJ智大出身のテキパキした女性で、
2年間ここに勤めたけど
お茶くみ、コピー取りの日々に疑問を感じ、教員採用試験を
受けて合格し、4月から埼玉県の中学校の先生に転身する
とのことでした。

部長の秘書業務、マル秘文書の管理、テレックス室の説明、
総務部での経費の仮払いと清算、部員全員のタイムカードの管理
などなど、社内をぐるぐる巡りながら説明を聞き、ついこの間まで
お気楽な大学生だった私の頭に2日間でギューギューに詰め込んで、
風の様に去ってしまいました。

残された私は、しばし呆然。
これからは、仕事で分からないことがあっても
聞ける人がもういない・・・。
やっていけるのか・・・。

不安なまま、入社式に出ました。

初めのうちは仕事に慣れなくて連日残業。
しかし、半年もたつと要領が分かってきて、
そして・・前任者がなぜ方向転換をしたか
理解できるようになりました。

要は、何年居ても、同じこと(雑用)をやってるだけだということです。

3年で、私は本物の外資系会社に転職しました。
毎日、ジャパンタイムズの求人広告に目を通して、
これはと思う外資系の会社に応募し、採用されたのです。

オフィスは、映画「ワーキングガール」のオフィスにそっくりでした。
仕事は格段にこちらの方がやりがいがありました。

しかし、かなり多忙だったので、まるで実家の下宿人みたいな日々。
このままでいいのかな?と考え始めた頃、夫との出会いがあって、
結局キャリアウーマンの夢は捨てて結婚してしまいました。(・Д・)

だけど下の子が保育園に入った時から、22年間
学習塾をやり、納税もしたんだから、ま、よしとする。( ̄^ ̄)ゞ


(15:43)

 

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今日の朝ドラを観て思ったこと


今朝の「ブギウギ」で、スズ子がアメリカ巡業で4か月
日本を留守にするらしい展開になりました。
(多分、アメリカでさよちゃんと会うんだろうな・・)

幼児にとって、親と数か月も離れるのはあまり
良いことではないと、私は思います。

私事ですが、私が丁度愛子ちゃんくらいの頃、母が
尿管結石で手術をし、その間私は母の実家(山梨県北杜市)に
預けられました。祖父は再婚していたので、祖母と私は
血が繋がっていません。私を預かることには祖父も祖母に
遠慮があるらしく、「お婆ちゃんの手伝いをしろ」とよく言われました。

1か月たって、やっと父が川崎からやって来ました。
迎えに来てくれたのだとばかり思ったから、
「嬉しい!、これでおうちに帰れる!」
ところが、手術が上手くいかなくて、傷が癒着し、
腎臓を一つ摘出することになり
もう2か月入院することになった」ということでした。

父が用件だけ伝えてさっさと帰ってしまった後、
私は囲炉裏(当時はありました)の灰の上にポタポタ涙を
落としたのを今でもはっきり覚えています。
あとまだ2か月なんて、永遠のように思えました。

田舎の保育園に通わされ、保育士さんに「一緒にお遊戯しよう」
と言われたけど、友達もいない、山梨弁でわーわー喋っている
子供たちの中に入って「お遊戯」なんてとてもする気持ちに
なれなくて、頑なに部屋の隅の椅子に座っていました。

母が退院して川崎のおうちへ帰った時、私はすっかり
山梨弁を喋る子になっていて、母もよその人のような気がして
話しかけるのもおずおずと・・・。

その後は母も健康を取り戻し、平和な毎日になり、普通に
育ちましたが、私は今でも思います。
幼児期に、絶望するようなつらい経験をさせるのは良くない。

あれがなければ、私はもっとあっけらかんとした明るい性格になっていた
と思います。私の中の暗い部分、ひねくれた部分、シニカルな部分は
すべてあの幼児体験の時に形成されたものだと思うのです。

以上。


(9:25)

 

女性の生涯獲得賃金と社会貢献と自己実現について考えた



「男女雇用機会均等法」ができて、
今年で40年になるそうです。
何かが変わったのでしょうか?
残念ながら、殆ど何も変わっていないように見えます。
結婚して子供が出来れば、女性のキャリアは
一時中断されます。そこで職を辞すケースが多いと思います。

女性のキャリアが続くよう社会的援助をするより、
女性にはお引き取り願って男中心で仕事をしようという精神は
殆ど変わっていないのでは?
1960年代に起こった「女子学生亡国論」「女子学生亡校論」などの
じじい、老教授たちの偏見は、
最近の医学部入試の不正(男子に下駄をはかせる)まで、
ずっと受け継がれているのです。

「女性が活躍する社会」などというものが本当に来るのか?
この国に。

私事なので、今まで、子育てが一段落してからの
私の再就職については、何の仕事をしていたのか、
ブログに書いたことはありませんでした。

夫の実家の隣に家を建てて移り住んでから、
1年間は仕事がありませんでした。
田舎では、学歴など、むしろ邪魔になるくらい。

ところが、子供を通わせていた学習塾
(名前を言えば誰でも知っている
教材を自習式で解いていく教室)の先生が
ご主人が東京転勤になり、教室を引き継いでくれないかと
打診してきたのです。
タナボタ式に仕事が見つかったわけです。
が、大急ぎで研修に入ったので、連日松本の事務局へ通い、
英文学専攻で教員免許状も英語科なのに、算数から始めろという話。
方程式だのグラフだの因数分解だの、全くご無沙汰していたお勉強に
取り組む日々でした。

引き継ぎ後、算数の生徒数を増やし、
やっと英語を開設できることになり、その後
国語の教材も導入し、22年間仕事をしました。

仕事仲間の友人も沢山でき、勿論収入も次第に増え、
自分の物は自分の収入で買い、多少は社会的貢献も
できるようになりました。

お蔭で、勉強したことも生かせたし、自身の子育ての経験から
生徒の保護者にアドバイスすることもでき、ストレスも多いけれど
やりがいのある仕事でした。

健康上の理由で、辞めることになり、やはり教室の生徒の
お母さんに引き継ぎました。W大卒で東京から田舎へ嫁いで
来た方でした。

このフランチャイズ式学習塾の創始者が、
大学を出て結婚、出産後、無職でいる主婦を、教室指導者として
起用することを思いついたのは、実に素晴らしい目の付け所
だったと思います。
発揮する場がなく眠っていた主婦の潜在能力を
大いに引き出す結果となったことは事実です。

もし仕事が探せないままだったら、自分の生涯獲得賃金は
限りなくゼロに近く、その分自己実現も社会貢献も
出来ることは限られていただろうと思います。


(10:18)

 

過熱する、大都市圏の中学受験


来年2月1日の私立中学受験まで100日だそうで。
大都市圏の、小学生の「お受験」熱は凄いらしい。
4年生からでは遅すぎる、1年生から塾通いだそうです。

大変だなぁ・・。親も子も。おカネも時間も奪われて。

塾

少子化だからこそ、子供により良い教育を受けさせたい、
という気持ちは分かりますが、本当に子供の為になって
いるのか。良く分かりません。

私が田舎に嫁いで良かったことの一つは、
「お受験」させないで済んだことです。
私立中学なんて周りにないから。
受験塾にも行かせたことはありません。

大学へ進学させてから、随分お金が出ていきましたが、
それまでにあまりお金をかけてないので
まあ仕方がない・・という甘い考えで、
金銭的苦労をさせなかったのは親として失敗でした。

都会で毎日夜遅くまで勉強に励む子供たち。
混んだ電車に揺られて私立中学へ通学する子供たち。

広々した自然に囲まれて、自転車通学する田舎の中学生と
どちらが幸せなんだろう。

一概には言えない話ですよね。

まあ私も大都市圏でお受験した側ですけど。
毎晩学習塾へ行ったわけではなく、5年生から
日曜テストというのに毎週通ったくらいかな。

公立一本で行くつもりが急に私立受験することに
なったので、準備不足も甚だしく、第一志望は
当然落ちたけど「やっぱりね」という感じで
特に落胆もしませんでした。

第二志望の私立女子校へ進みましたが、中高6年間
とても楽しく過ごし、大学も志望校へ行けました。

ま、人生色々なのかな。


(9:40)

 

慶應高校の「塾歌」



昨日の高校野球、慶應対広陵、
慶應が勝ったので、テレビに合わせて「塾歌」を歌いました。
久しぶりに歌った・・。

塾歌って・・学習塾の歌じゃないですよ。

慶應義塾大学の校歌です。
「若き血」が校歌だと思っている人が結構いますが
違います。
そういう私も入学するまでは「塾歌」なんて
聞いたこともありませんでした。

東京六大学野球で、7回にエールの交換があり、
そこで塾歌を朗々と歌います。
何ていい歌だろうと思いました。

慶應高校もこの「塾歌」が校歌ということは、
系列の幼稚舎、中等部、普通部、女子高なんかも
そうなんでしょうね。(良く知らない)

セレモニー以外は滅多に歌わないけど
名曲だと思います。
3番まで全部歌詞を覚えています。

卒業して早52年。大学も随分様変わりしてしまったので
「母校愛」があるかと問われると複雑ですが、
塾歌は、間違いなく心に刻まれています。

ついでに言うと、私は英語の教育実習を
慶應高校でやりました。
母校の高校は遠いので通うのが辛い。
慶應高校は自宅から一駅と、近かったから。(怠惰な理由)
なめられないようにビシビシやりました。
いい思い出です。
旗

(10:33)

 

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プロフィール

MK(女性)

Author:MK(女性)
終活で戸建てからマンションへ
2020年2月に転居しました。
シンプルかつコンパクトに暮らす
丑年、水瓶座。趣味はピアノと
ドール。神奈川県生まれ。
長野県在住。

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