大きな砂時計        

サラサラと流れていく日常を ほんのひと掬い 時々ピアノ 時々愚痴と毒吐き

大学受験シーズン・大学受験の思い出



私立大学の入試が始まりました。
大学受験シーズンに突入です。

団塊の世代の我々は、何しろ人数が多かったから、
競争の連続。大学入試の倍率も凄かったです。
私は1949年生まれですが、早生まれなので学年は
1948年の人と一緒。

r w  k

文系だった私は、東京六大学のうちの三校
R大の英文、W大の教育学部英語英文、K大の文学部を受験しました。

幸い三校合格しましたが、選べるのは当然一校だけです。
校舎が一番素敵だったR大は、自宅から一番遠く、
池袋駅がガラが悪い(当時は)というので、
せっかく入学金まで納めたのに却下。

ずっと憧れていたW大は、受験に行ったらキャンパスが汚くて(今は綺麗)
トイレは下品な落書きが一杯で、幻滅。高田馬場駅から遠いのもネックで
(当時は駅から市電でした)、入学手続きしませんでした。

K大は、1年の日吉キャンパスが実家から近いことが決め手で
選びました。(理由が何とも下らない・・)
しかし、文学部は1年では専攻を分けず、2年に進級する時に
希望者が多い専攻はテストでふるいにかけることを
入学してから知りました。(今はどうか知りませんが)
なので1年の時だけは手を抜かず勉強しました。

偏差値だけで判断して受験を決めても、入ってみてから
その大学と肌が合うかは入学してみないと分かりません。

当時は学歴偏重社会とか言いましたけど、
私は後に田舎に嫁いだから、学歴なんて関係ないというか、
周りが大学のことなど知らないというか、
学歴で得をしたこともないし
役に立ったのは就職、再就職の時だけ。

今大学を目指す人たちは「大学で何を学びたいのか」を
明確にして、4年間を無駄にすることなく過ごしてほしいです。
(と、偉そうに言ってみた。)

人生を俯瞰できる年代になってから、自分の選択は
正しかったろうか?と色々考えるようになりました。
別の道を選んでいたら、当然違った人生になっただろう、
それはどんな人生だったろう・・・等と、ぼんやり思ったりします。


(13:01)

 

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海外旅行はやっぱり若いうちがいい



コロナ禍の中でも、旅行熱が復活しつつあります。
このクソ寒いのに、特急あずさにも結構人が乗ってるし。

旅行案内も、小金を持った老人向けの滞在型海外旅行の
案内が、連日新聞にデカデカと載ります

私はというと、もう海外旅行は特に行きたくもなし。
若い時に行って来ちゃっておいて良かったとしみじみ思います。

海外旅行自由化の翌年にニューヨークへ。高2でした。
ホームステイして、万博も見たしエンパイアステートビルにも上ったし、
バージニア州やナイアガラの滝、ホワイトハウスも見学しました。

大学2年の春休み、母校の団体ツアーで、30日間にローマ、ポンペイ、
カプリ島、フィレンツェ、ベニス、ミラノ、ジュネーブ、マドリッド、
カサブランカ、マラケシュ、リスボン、パリ、ロンドン、
アムステルダム、アテネ、カイロ、
南回りで帰国、という駆け足欲張りスケジュールの旅行に
参加しました。医学部のドクターも同行したので安心でしたが、
終盤は観光バスから降りないで(見物もしないで)寝ている人も
いたくらい、疲れました。
この頃から、大学生が卒業旅行で海外へ行くのが
流行り出したような気がします。

就職して最初のボーナスで同期の女性に強引に誘われて
ハワイへ。お互いに一緒に行くBFがいなかったから(?)(。-_-。)

結婚してマレーシアへ。出産2回の合間にシンガポール、タイへ。
日本へ帰任時に香港へ寄ったら現金入りのバッグを盗まれました。
香港大嫌い。(*`皿´*)

そして帰国してから、子供たちが中1、小5の夏休みに、
生まれた土地を見せに、一家4人でKLへ行きました。

それ以降、全く海外へは行っていません。
(夫はリタイアしてからも中国へ2回行っていますけど)
私は多分もう海外へは行かないと思う。

やっぱり、行くなら若いうちですね。
特に私みたいな出不精は。
因みに夫は現役時代、仕事で53か国訪れたそうです。
その間私に丸投げだった私生活はともかくとして、
悔いのないサラリーマン生活だったことは確かでしょう。

地球



(15:10)

 

我が心の駅、「渋谷」はもうなくなってしまった



子供の頃から、東横線の終点だった「渋谷」は
今や謎の迷路と化し、東横線に乗るにはどこをどう行けばいいのか
全く分からないので、実家へ帰る時は目黒経由の目黒線で
東急へ合流しています。

懐かしの東急文化会館、屋上のアーチェリー場、プラネタリウム、
渋谷パンテオン、地下の名画座もなくなってしまったし、
駅の大階段を上る前に、東横のれん街で買い物したり、
地下鉄銀座線に乗り換えて毎日通勤したり。
そんな痕跡も、跡形もなく消え失せてしまいました。

しぶや 昔の渋谷


変化について行かれない。
ああ、昭和は遠くなりにけり。

そういえば、大学3年間でほとんど単位を取ってしまったので
4年次は結構暇でした。
「数か月かけて、山手線を渋谷から回って、
一つずつ全部の駅で下車して、
駅とその周辺を歩いてみよう」
と目論んだのですが、結局面倒くさくなって実行しませんでした。

あれは、やっておくべきだった。

当時「アド街っく天国」みたいな番組があればねぇ。
良い動機付けになったと思うのですが。

渋谷、原宿、代々木、新宿、高田馬場、目白、池袋、巣鴨、
上野、秋葉原、神田、東京、有楽町、新橋、浜松町、田町
品川、五反田、目黒。山手線で降りたことのある駅はこれだけ。

西日暮里で降りて繊維街をうろついてみたいです。
高輪ゲートウェイという新駅も見てみたいです。

ただ、人がわんさかいる所が苦手になってしまったので
この歳で実現できるかどうか・・。


(18:55)

 

運転をこんなに長くするとは思わなかった


先日運転免許証の更新手続きを済ませたところです。
26歳で免許を取って、かれこれ半世紀。
こんなに長く運転をするとは思いませんでした。

子供の頃は車酔いが酷く、バス遠足では席はいつも一番前で
青い顔をしていました。排気ガスの臭いだけで酔うくらいでした。

首都圏では電車でどこへでも行けるので車なんか必要ないし
一生運転などしない、と思っていました。

ところが夫の海外赴任について行くことになり、
運転免許は必須というので必死に自動車学校へ通いました。

あれから半世紀。無事故(無違反ではないけど・・)の
優良ドライバーです。車酔いは全然しなくなったから不思議です。

田舎町で、子供の送迎やら義両親の病院通いやら、買い出しなど
運転は欠かせなかったので、免許証を取得して良かったと思っています。

さて、あと何年運転できるでしょうか。

うんてん

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
            今日の怒り

徴用工問題で、韓国のアジア太平洋局長は
謝罪と呼応必要」と日本側に伝える。    

だからさー、謝罪って何?土下座しろとでも?
1000年先までも「申し訳ない」と言えとでも?
謝罪したらしたで「ほら見ろ」とますますエスカレート
させるんでしょう?

「謝罪」という言葉を一言でも言ったらその段階で交渉打ち切りでいい!
絶対に1ミリも譲歩することはない。
何度「謝罪」させれば気が済むのだ。(*`皿´*)ノ 馬鹿の一つ覚え。


(11:15)

 


10組仲人をやって、色々ありました



秋の結婚シーズンに入りました。

我々夫婦は、夫が現役時代に10組頼まれ仲人をしました。
最近は仲人無しが大半のようですが、
当時は仲人を立てるのが一般的でした。

10組やったら、様々なタイプの花嫁を経験しましたね~。
可憐な人、気の強い人、おとなしい人、美人で才媛オーラむんむんの人。

仲人の扱いも、披露宴終了後タクシーの手配をして
見送って下さる御両家もいれば、親戚でわ~わ~やっていて
見送りもなく、タクシーは自前で手配したこともありました。

10組のうち3組は、会場が東京のホテルで、遠征でした。

夫は職場の上司だからともかく、
仲人夫人なんて、新郎新婦から見たら
知らないおばさん、
どこの馬の骨、って感じでしょ?
しかも当時はうちの住所は「村」。
どんだけ田舎者、と思われていたことでしょう。
そういうことは、相手が口には出さなくても感じ取れるものです。

新婚旅行が済んで挨拶に見えた新婚夫婦にお茶を出し、
「新婦紹介でピアノがとてもお上手だとお聞きしたので、
楽しみにしていたの。何か弾いて下さらない?」とすすめたら、
聡明の誉高い若奥様、「あ、最近あまり弾いてないので・・・」と後退り。

あら、残念ですこと、それじゃあ私が何か弾きましょうか、
どんな曲がお好き?と聞くと、
若旦那が「ショパンの別れの曲が好き」と言うので
リクエストにお応えしてみました。
(後半の不協和音のとこ、かなりテキトーで)

このエピソードは以前にもブログに書いています。
とても印象的な出来事でしたのでね。

まさか村のおばさんがショパンを弾くとは思わなかったんでしょう。

おばさんをなめてると後が怖いよ。

他のエピソードもまだまだあるんですが、
いずれまた。(*゚ェ゚*)



「別れの曲」のさわりだけ。



手が小さいので、全部は押さえられない和音があります。

この記事のカテって、「昔語り」ではなく「毒吐き」じゃないの?(´pωq`)

(10:13)



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プロフィール

MK(女性)

Author:MK(女性)
終活で戸建てからマンションへ
2020年2月に転居しました。
シンプルかつコンパクトに暮らす
丑年、水瓶座。趣味はピアノと
ドール。神奈川県生まれ。
長野県在住。

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